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パナソニック 汐留美術館
パナソニック 汐留美術館
〒105-8301 東京都港区東新橋1-5-1
パナソニック東京汐留ビル 4 階


Gustave Moreau

Salomé and the femme fatale

 

ギュスターヴ・モロー

サロメと宿命の女たち

 フランス象徴主義を代表する画家ギュスターヴ・モロー (1826-1898)。 本展は、パリのギュスターヴ・モロー美術館の所蔵作品より、女性をテーマにした作品を、一堂に集め、身近な女性から ファム・ファタル (宿命の女) まで、多様な女性像を紹介し、新たな切り口でモローの芸術の魅力をご紹介します。
 モローは、産業の発展とともに現実主義的、物質主義的な潮流にあった19世紀後半のフランスにおいて、神話や聖書を主題としながら独自の理念や内面世界を表現した象徴主義の画家です。 モローの描く妖艶で魅惑的な女性像は、当時の批評家や愛好家を魅了し、なかでも、《出 現》 (1876 年頃) など、洗礼者ヨハネの首を所望するヘロデ王の娘サロメを描いた一連の絵画は、世紀末芸術における、美しさと残忍さをあわせもつ ファム・ファタル のイメージを決定づけるものでした。
 本展では、ファム・ファタル としての女性の他に、誘惑され破滅へと導かれる危うい存在としての女性、そしてモローが実生活において愛した母や恋人など、彼の実現と幻想の世界に登場する様々な女性を採り上げ、その絵画表現や創作のプロセスに注目します。 彼女たちそれぞれの物語やモローとの関係を紐解きながら、油彩、水彩、素描など約 70 点の作品を通して、モローの芸術の創造の原点に迫ります。


[東京展]
会期: 2019 4/6 [土] 6/23 [日] 東京展は終了しました。
休館日: 水曜日 (但し、5/1、6/5、12、19 は開館)
開館時間: 午前 10時 ― 午後 6時 (ご入館は午後 5 時 30 分まで)
※5/10 と 6/7 は午後 8 時まで (ご入館は午後 7 時 30 分まで)

会場:
パナソニック 汐留美術館 東新橋・パナソニック東京汐留ビル 4階
主催:パナソニック 汐留ミュージアム、NHK、NHKプロモーション、読売新聞社


[大阪展]
会期: 2019 7/13 [土] 9/23 [月・祝]
会場:
あべのハルカス美術館 阿倍野・あべのハルカス 16階
主催:あべのハルカス美術館、読売テレビ、読売新聞社
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:大和ハウス工業、光村印刷
特別協力:ギュスターヴ・モロー美術館
企画協力:NHKプロモーション
協力:日本航空

[福岡展]
会期: 2019 10/1 [火] 11/24 [日] 巡回展は終了しました。
会場:
福岡市美術館 福岡市中央区
主催:福岡市美術館、西日本新聞社、テレビ西日本、TVQ九州放送
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
特別協賛:大和ハウス工業
協賛:光村印刷、ふくおかフィナンシャルグループ
特別協力:ギュスターヴ・モロー美術館
企画協力:NHKプロモーション
協力:日本航空



'2019 4_5 「ギュスターヴ・モロー展」 プレス内覧会の会場内の風景です。 画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。

・画像をクリックすると 主催者とギュスターヴ・モロー美術館 事務長のご挨拶がご覧いただけます。

「ギュスターヴ・モロー展」パナソニック汐留美術館

「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち
プレス内覧会 '2019 4_5
パナソニック 汐留美術館



14 年ぶり! ギュスターヴ・モロー美術館の所蔵品から一挙公開!

ギュスターヴ・モロー展」 展覧会の概要
― 「ギュスターヴ・モロー展」 図録、PRESS RELEASE、チラシ他よりの抜粋文章です ―

展覧会のみどころ
1. 14 年ぶりにギュスターヴ・モロー美術館から名作の数々を一挙公開!
 パリのギュスターヴ・モロー美術館の全面協力を頂き、《出現》 (1876 年頃)、《エウロペの誘拐》 (1868 年)、《一角獣》 (1885 年頃) などを含む数多くの名作が一堂に会します。
2 初来日作品を含む、母や恋人との交流を伝える素描や手紙を展示!
・実生活で身近な存在だった母ポーリーヌと恋人アレクサンドリーヌ・デュルーとの交流を伝える素描や手紙から、人間モローの素顔に迫ます。
3 モロー芸術を女性をテーマに紹介!
 最愛の女性から、歴史や文学を彩るファム・ファタル (宿命の女) まで、女性像にフォーカスした展示により、華麗かつ深遠なモロー芸術の根幹にふれます。

【展覧会構成】
第1章 モローが愛した女たち
第2章 《出現》 とサロメ
第3章 宿命の女たち
第4章 《一角獣》 と純潔の乙女


'2019 4_5 「ギュスターヴ・モロー展」 プレス内覧会の会場内風景です。 画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。
「学芸員のギャラリートーク」、「ギュスターヴ・モロー展」図録、「PRESS RELEASE」などからの抜粋文章です。


第1章 モローが愛した女たち

 「素晴らしい母親」 アデル・ポーリーヌ・デムティエ (1802-1884) ポーリーヌは、ドゥエとボミの市長を歴任したアレクサンドル・デムティエの三女として生まれた。 ボミにあった父の居城で 1825 年、22 歳のポーリーヌは建築家、ルイ・モローと結婚した。 持参金には株式や土地が複数含まれた。 翌年、ギュスターヴが誕生し、楽器演奏をたしなんだ母は音楽への情熱を長男に伝えた。
 建築家の父と音楽好きの母ポーリーヌのもと、幼い頃から芸術的環境に恵まれていたモローは、家庭の豊富な蔵書を通して古典に親しみ、文学、歴史、美術、そして百科全書的な知識までを幅広く身につけた。 モローが残した無数の素描の中には、美しく慈愛に満ちた、そして厳格さや憂いを漂わせた、人生の様々な段階における母の姿がとどめられている。 モローは聖母姿の母のスケッチを数多く残し、1848 年の年代入りの油彩によるスケッチを寝室の壁に飾った。 母がこの世で最も大切な存在だったと記したモローのメモも残っている。
 19 世紀末をファム・ファタルという妖花で幻惑した象徴主義の巨匠、ギュスターヴ・モロー (1826-1898) の全画業を通してデリラ、ヘレネ、サロメなど神話的女性像の存在感が色濃いが、画家の人生も、母親とアレクサンドリーヌ・デュルーという二人の現実の女性の刻印が深く刻まれた。

第1章 モローが愛した女たち

右・cat.1 《24歳の自画像》 1850 年 油彩/カンヴァス 41 x 32 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵 /中・cat.12 《モローが母に宛てて書いたメモ》 直筆のメモ  鉛筆/紙 20 x 15 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵 /左・cat.5 《ポーリーヌ・モロー》 鉛筆/紙 13 x 11 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵

右・cat.1 《24歳の自画像》 モローは素描による自画像を多く残したが、本作は油彩による唯一のものである。 テオドール・シャセリオーが手がけたパリの会計検査院壁画に感銘を受けたことを契機に、ロマン主義へと傾倒していく。 この自画像が描かれたのは、まさにその頃である。 中・cat.12 《モローが母に宛てて書いたメモ》 モローは、生活の一切を取り仕切り、芸術面の良き理解者でもあった、母ポーリーヌが耳に不自由をきたし、絵の説明をするための、自ら文章をしたためた。 左・cat.5 《ポーリーヌ・モロー》 モローによる母の肖像画は、素描だけでも 40 点近いとされるが、本展出品作を見ても、髪を長く垂らし、初々しさの残る若かりし姿から、頭巾をかぶり眼鏡をかけた、老境にさしかかった姿まで、実に幅広い年月にわたって描かれ続けたことがわかる。



第2章 《出現》 とサロメ

 洗礼者ヨハネの首の幻影が現れるという稀有な発想、さまざまな時代や地域の建築・装飾様式を独自に取り入れた描写、膨大な習作やヴァリアントを伴う作画プロセスなど、多様な特徴と魅力をそなえたモローの代表作 《出現》 は、19 世紀末の芸術家たちに多大なインスピレーションを与えました。
 モローが描いた数々のファム・ファタル (宿命の女) の中で、その表現の独創性においても、同時代そして後世にもたらした影響力においても、突出した存在であった 「サロメ」。 モローは執拗なまでの情熱を持ってこの主題に取り組み、まさに世紀末芸術のシンボルというにふさわしい女性像へと育て上げた。 新約聖書に源泉をもつこのユダヤの王女が、図像として登場するのは 6 世紀頃にさかのぼる。 盆に載せられたヨハネの首を受け取る姿に始まり、中世にはほとんど踊り子として描かれていた。 母親である王妃ヘロデヤにそそのかされ、踊りの褒美としてヘロデ王に洗礼者聖ヨハネの首をねだった無邪気な小娘は、19 世紀末に至って、官能と罪の香りで男たちを幻惑する妖女へと変貌する。 モローこそが、その変貌に大きく寄与した画家であった。

第2章 《出現》 とサロメ

右・cat.99 《サロメ》 油彩/カンヴァス 180 x 90 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵 /左・cat.86 《サロメのための油彩 下絵》 1880-90 年頃 油彩/厚紙 47 x 33 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵

 右・cat.99 《ヘロデ王の前で踊るサロメ》 が出品された 1876 年のサロン以降、モローはこの人物像に魅了されたかのように、「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」 を主題とする作品を繰り返し描いた。 本作のサロメは画面中央に正面観で大きく描かれ、背景の空間は奥行きが無く、サロメの均整の取れた肢体は強調され、作品は歴史画というよりむしろ優艶な舞を踊るサロメの美しさを主題化したものである。 左・cat.86 ほとんど抽象画のような 《サロメ》 の油彩下絵。



第3章 宿命の女たち

 モローのカンヴァスを彩ったファム・ファタルのヴァリエーションを追っていくと、必ずしも男を誘惑し破滅に導く女という単一的な構図ではなく、より多元的で重層的な男女の相克のドラマが浮かび上がってくる。 神と人間、妖精や怪物などの異形のものたちが入り乱れ綾なすそれらのドラマの中に、画家自身の男女観ひては世界観の投影を垣間見ることもまた、モローの絵画世界を味わう醍醐味の一つではなかろうか。 「歴史画家」 を辞任していたモローは、神話や聖書など、人類の歴史が紡いできた物語に内包される普遍的なるものを、自らの想像力と感覚のフィルターを通して抽出し、造形化しようとした。 そうして生み出されたヴィジョンは多分に幻想的でありながら、人生のあらゆる経験を通して画家自身の内に蓄えられた現実世界の凝縮でもあった。

第3章 宿命の女たち

・cat.128 《エウロペの誘拐》 1868 年 油彩/カンヴァス 175 x 130 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵

・cat.128 《エウロペの誘拐》 古代ローマの詩人オウィディウスによる 『変身物語』 のなかの、ユピテルによるエウロペの誘拐の一場面を描いた作品。 オリュンポスの主神ユピテルが、フェニキアの王女エウロペに恋し、海岸で待女たちと遊んでいた彼女を、牡牛の姿になって近づき、さらってしまう。 エウロペはユピテルとの間に 3 人の子どもをもうける。 物語の描写に沿って忠実に再現した巨大な牡牛の頸は、1869 年のサロンにおいて 3 度目となる賞を獲得したものの、批評家からは酷評を受けることとなった。


第4章 《一角獣》 と純潔の乙女

 悪に魅入られた背徳的な美女たちを世に送り出したモローの絵筆は、一方で汚れ亡き乙女を描くためにも捧げられた。 貞節の象徴とされ、純潔の乙女にだけは従順になれるという幻の動物一角獣を、モローは美しくたおやかな女性に抱かれた姿で描きました。 汚れ亡き女性のイメージは憧れの具現化であるとともに、その冒しがたい清らかさゆえに男性を惑わせ狂わせるものでもありました。 本章では、そうした女性像にひそむ抗いがたく残酷なまでの魅力を通じて、モローにとってのファム・ファタルのイメージ形成をあらためて問います。

第4章 《一角獣》 と純潔の乙女

左・cat.159 《妖精とグリフォン》 油彩/カンヴァス 124 x 94 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵 /右・cat.160 《妖精とグリフォン》 1876 年頃 水彩/紙 24 x 16.5 cm ギュスターヴ・モロー美術館蔵

・シュルレアリスムの詩人、アンドレ・ブルトンを虜にした油彩画 《妖精とグリフォン》、アンドレ・ブルトンは夜中にモロー美術館にランプを持って忍び込み、闇の中のグリフォンといる妖精の不意を襲う夢を見たという。 同主題で描かれた本展出品の未完成作 cat.159 《妖精とグリフォン》 ギリシャ神話に登場するグリフォンは、鷲の頭と翼、獅子の体を持つ怪物で、宝物を護ると信じられていた。 本作でグリフォンたちが護っているのは、険しい洞窟の中で無警戒に横たわる妖精である。 この汚れなき妖精の目撃者は、その美しさに強く魅了されたとしても、グリフォンたちに護られたその神聖な存在に触れることはできないだろう。



ギュスターヴ・モロー美術館
ギュスターヴ・モロー美術館

ギュスターヴ・モロー Gustave Moreau (1826-1898)

・1826 年( 0歳)
・1843 年(16歳)
・1846 年(20歳)
・1852 年(26歳)
・1856 年(30歳)
・1859 年(33歳)
・1866 年(40歳)

・1869 年(43歳)

・1875 年(49歳)
・1878 年(52歳)
・1884 年(58歳)

・1890 年(64歳)
・1892 年(66歳)
・1895 年(69歳)
・1898 年(72歳)

・1902 年

・4月6日、建築家ルイ・モローとボミー市長の娘ポーリーヌの長男としてパリに生まれる。
・父親の推薦でルーヴル美術館での模写学生に登録、ルーヴルに通う。
・新古典主義の画家エドゥアール・ピコのアトリエに通った後、国立美術学校の試験に合格。
・《ピエタ》 でサロン初入選。 父は息子の名義で、ラ・ロシュフーコー街14番地に庭付きの家を買う。
・数年来の友人シャセリオーが 37歳で亡くなる。 オマージュとして 《若者と死》 の制作を始める。
・ドガとともに、小旅行。 この頃、アレクサンドリーヌ・デュルーと知り合う。
・《オルフェウス》 と 《自らの馬に喰い殺されるディオメデス》 をサロンに出品し、《オルフェウス》は国家買い上げとなる。 また、初めて素描作品 《ペリ》 と 《ヘシオドスとムーサ》 を出品。
・《プロメデウス》 と 《エウロペの誘拐》 などをサロンに出品し三度目となるメダルを獲得。 以後サロン参加は無鑑査となる。
・ レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章を授与される。
・パリ万国博覧会に 《ヘラクレスとレルネのヒュドラ》 など 11 点を出品。 2 等賞メダルを獲得。
・母ポーリーヌが 82 歳で亡くなる。 深い悲嘆にくれる。 この年出版のユイスマンスによる小説 『さかしま』で、《ヘロデ王の前で踊るサロメ》 と水彩画 《出現》 が称賛される。
・アレクサンドリーヌ・デュルーが 54 歳で逝去、彼女はモンマルトル墓地に埋葬される。
・国立美術学校の教授に正式に任命される。
・自邸を美術館にするため、増改築工事を始める。 モローの教室にアンリ・マティスが入学。
・4月18日、胃癌のため 72 歳で死去。 パリのトリニテ聖堂で葬儀の後、モンマルトルの両親と同じ墓地に埋葬される。
・フランス国家はモローの遺産を受け入れ、国立ギュスターヴ・モロー美術館が正式に設立される。
翌年、正式に開館。 初代館長はジョルジュ・ルオー。

 ギュスターヴ・モローは、1826 年 4月 6日にパリのサン=ペール通りで生まれた。 父ルイ・モローはシャルル・ペルシエの弟子で建築家、旧姓デムティエの母ポーリーヌは家庭に情熱を傾け、優れた資産管理により、モローが生活の心配をすることなく暮らすことを可能にした。 翌 1827 年、妹カミーユが生まれたが、1840 年、13歳で世を去った。 以後両親の子どもに注ぐ愛情においてギュスターヴは無意識のうちに妹の分も受け持ち、ポーリーヌ・モローが書いた息子のプロフィールに、 8 歳の時からデッサンに夢中だったとある。 早期に表れた芸術的資質を両親は妨げず、父は息子の知性、精神、芸術に関する教育に心を配り、古典文学への手ほどきもした。

お問合せ:03-5777-8600 (NTTハローダイヤル)
パナソニック 汐留ミュージアム 公式HP:http://panasonic.co.jp/es/museum/
公式フェイスブック https//www.facebook.com/shiodome.museum
主催:パナソニック 汐留ミュージアム、NHK、NHKプロモーション
、読売新聞社
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、港区教育委員会
協賛:光村印刷
特別協力:ギュスターヴ・モロー美術館
協力:日本航空

参考資料:プレス説明会、「ギュスターヴ・モロー展」図録、PRESS RELEASE、チラシ他。
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